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喜悦旅游#12「巨石、その名はインカルシ 」〜北海道編10

更新日:10月20日



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 北海道・道北の稚内から、道東は遠軽(えんがる)へ。鹿やキツネが飛び出して来るナイトドライブは、予想外の速さでゴールに到着し、文字通りキツネにつままれたような気分となった。翌朝(といっても、もう当日なのだが)も、そこそこ早く出発するので、解散と同時にベッドに倒れ込む。


 次に目を開けたら、もう朝だった。慌てて身支度をしてロビーに向かうと、盛田さんはすでにそこにいた。さっそく車に乗り込む。


 本日の長距離運転に対応できるよう、まずは給油してガソリン満タンに。そこからUターンして、遠軽の町から出るカーブを行く。ほどなくして、とんでもないものが目に入った。


 「あれ!!ちょっと待って!」

 思わずふたりとも声を上げてしまう。なんだ、この巨石は!


 突然現れた、壮大な石の山。それは、アイヌのことばで「インカルシ」と呼ばれる巨石だった。


(伊地知撮影。街中の公共施設の横に、突然現れるインカルシ。大きいので距離を取らないと撮影できない)


 インカルシは、「遠軽」という町名の由来になった石だという。現在は「瞰望岩(がんぼういわ)」と呼ばれていて、いにしえからのランドマークらしい。周辺には縄文時代からの遺跡も多く残っており、アイヌ民族の儀式「カムイノミ」も行われていたそうだ。


 どうやら頂上まで登っていけるようなのだが、残念ながら先を急ぐので、下から眺めるにとどめる。インカルシの意味は「見晴らしの良いところ」だとか。おりしも抜けるような青空、この頂上に登って辺りを見渡せば、さぞ気分が良いことだろう。


 案内板を見たところ、見晴らしの良いところ、という古名ゆえの逸話が、この地には残されていることがわかった。


 かつて、この地ではアイヌ民族同士の戦いが起きた。周辺を拠点とする湧別アイヌは、他族に攻め込まれてやむなくインカルシで籠城することになったという。まさに猛攻撃が仕掛けられようとしたその時…インカルシの真下にある湧別川が氾濫、一帯が大洪水となり、攻め込んだものは流され、湧別の人々は命からがら助かったとか…


(伊地知撮影。ジオパークの解説板。地質学的情報が、わかりやすく解説されている。)

 


 鳥の鳴き声が聞こえる。青空は、さらに爽やかに輝く。それにしても静かで、おだやかな景色だ。こんなところで、かつて大洪水があったとは、にわかには信じられない。



 世界各地には、洪水伝説がある。洪水を経て、古い時代は一新され、約束の地にて、あたらしい物語が始まる、というのが多くの物語の共通項だ。


 インカルシ、見晴らしの良いところ。この場所は、あたらしい物語の、あたらしい約束の地なのかも知れない。

 石、それ自体は悠久の時を超えてそこにある。変わるのは、そこに行き交う人間のいとなみ、それだけ。ある時代には、眺望ゆえに、籠城の砦となり、ある時代には、自然の美をよろこび、愛でる場所となる。


 訪れるわたしたちが、風景に見出すもの。それこそが、あたらしい物語の鍵を握っているのかも知れない。

 遠軽に滞在したのは、睡眠時間を含めて、わずか9時間だった。しかし、インカルシは強烈な印象を残したのだった。(つづく)


 

 

 株式会社RaymmaのWEBマガジン「喜悦旅游」は、伊地知奈々子の文・盛田諭史の写真という定点から、「価値観の切り替わり」を表現することを目的としています。


価値観の切り替わりは、個人を変える。

個人の小さな変化こそ、世界をダイナミックに変える原動力。


あなたを切り替える旅に、出てみませんか。


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