喜悦旅游#13「摩周湖の霧」〜北海道編11
更新日:10月20日
洪水伝説の巨石・インカルシを後に、摩周湖に向かう。
林道を抜け、摩周湖手前にある、屈斜路湖沿いのカーブに入ると、急に空は曇り、霧めいてきた。遠軽での、抜けるような青空が嘘のようだ。霧の中のカーブ路を、ひたすら走っていく。
やがて、展望施設に到着した。ガラス張りのデッキがあり、摩周湖を一望できる。グランピング的でイマドキだ。
展望台に上がると、目の前の景色が一気に広がった。山に囲まれた湖、圧巻のブルー。摩周湖は、その透明度でも世界的に有名だそうだ。あまりの透明さが、これほどの青を醸しだしているのだろうか。霧の中でもなお、神秘的な色合いだ。

うつくしい。しかし…なんだろう。
歓声が上がりそうな見事なパノラマ、しかし気分はなぜか上がらない。カーブで車酔いしたわけでもない。なぜだろう。摩周湖に近づくほどに、胸のあたりに圧迫感が込み上げてきた。心なしか霧が濃くなってきたような気がする。今感じているこれは、濃密すぎる霧のせいなのか、はたまた、気圧の関係か…。
湖のまんなかには、小島があった。案内板によればカムイシュ島というらしい。そして、背後の山はカムイヌプリ。カルデラの外輪山だ。小島はかつて溶岩ドームだった部分の頂上だそうだ。説明文には、約7000年前の巨大噴火で形成されたカルデラ地形とある。朝目撃した巨石、インカルシに比べ、数千年単位であたらしい。
案内板から目を上げてみれば、盛田さんは、はるか向こうで写真を撮っている。着いた直後こそ「寒い!」と驚いていたが、数秒後には、意にも介さず動きまくっている。元気な人だ。
しかし、なぜかしんどさが増す一方なので、いったん市街地に戻り、休憩したいと伝えた。
途中立ち寄った道の駅に、「摩周そば」の情報があったので行くことにする。生産量の少ない「幻のそば」で、たった10件ほどの農家で生産しているらしい。実際食べられるお店も数件だというが、そのうちの一つ、公共施設「釧路圏摩周観光文化センター」に向かう。
観光文化センター内にある「レストラン摩周」に一歩入ると、地元の方で大賑わいだ。1箇所だけ空いていたテーブルに座り、ざるそばを注文する。さほど待たずして、爽やかな透明感が際立つそばが運ばれてきた。

摩周そばは、そば粉八割・小麦粉二割の二八蕎麦、出汁は鰹と昆布。そばの香りと出汁の香りが共鳴しあっている。
ほんの少しだけ、そばを出汁に入れてすする。
生命力あるのどごし、からだが一気によろこぶ!先ほどの体感が、嘘のようだ。気がつけば、あっという間に完食してしまった。
少し元気になり、観光文化センター館内を見てまわる。すると、摩周湖の伝承が巨大な絵画で飾られていた。
いにしえのアイヌ部族間の抗争で、宗谷から敗走したアイヌの老婆が、孫とはぐれて嘆きつづけ、摩周湖の島になってしまった。だから摩周湖の小島は、神老婆(カムイシュ)と言う、という伝説。
もしかして、あの時感じたのは…?
ふと空想した。
老婆の涙は霧となり、摩周湖の周辺を濡らし続け…それを感じ取ったものに、日常のかけがえの無さを、無言のうちに伝え続けている。
「よろこびであれ、違和感であれ、体感は生きてこそ感じる奇跡だよ。」

いにしえ人が、今を生きる私たちに思いを伝える。もしかしたら、そんな経験だったのかも知れない。
摩周湖に、静かな感謝が湧き上がってきた。今生きている奇跡をもう一度体感し、同時に鋭気を養うことができた、ありがたさ。
まだまだ、旅は途上。進んでいこう。いざ、北海道最東端へ。
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