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喜悦旅游#8 「光はまっすぐに届く」〜北海道編6

更新日:2023年10月6日


 


(旧海軍望楼/伊地知撮影)


 

 宗谷岬の後ろには、二つの建物がそびえたっていた。

 

 あたらしい設備のものと、旧いつくりのもの。

 

 盛田さんは、丘をずんずん、ずんずん左手に向けて登っていく。灯台に行こうぜと言ったが、先に足を向けたのは、クラシックな造りの旧海軍望楼だった。


 旧海軍望楼。明治36年、帝政ロシアとの国交が悪化したことを契機に、旧帝国海軍が国防対策として造営したものである。当時のロシア・バルチック艦隊は、世界に冠する軍事力を誇った。同艦隊がどこをどう通過するのかを察知することは、日本にとって急務かつ最重要課題だったのだ。


 その後勃発した日露戦争は、日本の勝利に終わった。望楼の役割は終わったかのように見えたが、その後さらなる戦争の渦に日本は巻き込まれていく。無線通信の拠点、太平洋戦争時での対潜水艦監視基地と、形を変えて存在し続け、そして今もここにある。


 丘を登る階段を見上げると、盛田さんは早くも丘を登り切り、望楼まで進んでいた。登ると決めたら、息もつかずに一気に登る人だ。そして、はるか海の向こうを見ている。ずっと見ているので、わたしもようやく追いつく。高いところに来ると、心なしか風をより冷たく感じる。

 

(旧望楼前から海を眺める盛田さん/伊地知撮影)



 この向こうにあるのは、ロシアのサハリン。かつて樺太といわれたところ…たった43キロしか離れていない。アイヌ民族は、千島アイヌ、樺太アイヌ、そして北海道アイヌが存在したという。日本とロシアという国が、その時々で「端」を定め、今は完全に行き来できない。丘の反対側を見ると、宗谷岬灯台があるが、灯台の光は17.5海里(約32km)まで届くというから、端よりも先のさらに向こう側、はるか遠くまでを照らしていることになる。


 光はまっすぐに届く。それが光の性質だ。まっすぐに…ある時は、お互いの自由な行き来を照らし、ある時は境界線を超えるものを警戒する。使うものの意図がまっすぐに反映される、それもまた光。


 ふと我に帰ると、丘は一段暗くなっていた。盛田さんは、灯台の方に足を向けている。望楼の建物を振り返る。ガラス窓がひとつ割れ、ビニールシートで塞がれていた。それは、役割が終わっていることを感じさせた。役割が終わってもなお、「端」をわたしたちに意識させる宿命。端を見つめてきた望楼、あなたは何を見て、何を感じてきたんだろうねぇ。語りかけたくなってしまう。



 望楼と灯台の間には、いろいろな都市への方向と距離が記された看板があった。

 

 行ったことがある町、行ってみたい町、今は行けなくなっている町。

 

 人の行動範囲は様々に変化する。自分の体の可動域の事情、タイミング、自分ではどうにもできないこと。それらの要因が複雑に絡み合って、偶然が可動域を変える。究極的に言えば人に不可能は無いが、「行きたいときに、行きたいところに行ける」というのは、実はすでに奇跡なのだ。


 夕暮れが深まる。さらに風が強くなる丘の上。

 この風を2023年8月の北海道で感じたのも奇跡であり、偶然が導く必然だったのだと、いつか感じる日が来るのだろう。(つづく)


 

株式会社RaymmaのWEBマガジン「喜悦旅游」は、伊地知奈々子の文・盛田諭史の写真という定点から、「価値観の切り替わり」を表現することを目的としています。


価値観の切り替わりは、個人を変える。

個人の小さな変化こそ、世界をダイナミックに変える原動力。


あなたを切り替える旅に、出てみませんか。

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